ガールズ・セラピー 第3話
    ガールズ・セラピー 第3話   次の土曜日、凛ちゃんに『ガールズ・セラピー本部事務所』へ案内された。   面接場所は寂れた土地にある湿っぽいマンションだったけど、   本部事務所はどこからどう見ても完全に普通のマンションで、少し拍子抜けしてしまった。   ドアには『山田個人塾』のプレートが飾られていた。   これは念押しのカモフラージュね。   このマンションはね、ウチが所有しているものなんだよ。   マンション丸ごと?   これってボランティアでしょ?   お金持ちがいるの?   詳しいことは分からないけど、そうらしいよ。   で、入居者はガールズ・セラピーの関係者だけなの。   部外者でやって来るのは新聞とか宗教とかの勧誘員くらいじゃないかな。   私は会ったことないけどね。   中は3LDKだった。   床に塵や埃は見当たらないが、キッチンには汚れたコップと皿がいくつか積まれていた。   促されるままに左手奥の部屋に入ると、優しげな微笑みを浮かべた30代半ばと思われる男性と、   あの時のお兄さんが待ち構えていた。   お兄さんと目が合う。   咄嗟に顔を伏せてしまった。   おはようございます、はじめまして、樋口彩湖さん。   ガールズ・セラピーへようこそ!   全員揃って自己紹介、といきたい所でしたが、あいにくと都合がつきませんでした。   私はBと申します。   親しげに「びい」さんは話し始めた。   「びい」?   どんな漢字ですか?   漢字ではありません。   アルファベットのBです。   ガールズ・セラピーは画期的で素晴らしいボランティアだと確信していますが、   一般社会では、まだ正当な評価を得るに至っていません。   本当は本名を名乗りたいのですが、ここでは偽名を使っています。   少女メンバーは全員、本名で活動していますが、抵抗がおありなら偽名でも構いませんよ。   みんながそうなら、私もそれでいいかな?   まずはガールズ・セラピーの方針を確認させていただきます。   悪戯好きの暇さんのことですから、恐らく聞かされていないでしょうね・・・。   ガールズ・セラピーでは本番行為、すなわち膣への男性器挿入は禁止しております。   ええっ、そうなの?   反射的に凛ちゃんを見た。   凛ちゃんはそっぽを向いていた。   頬が微かに震えていた。   くそう、やられた!   おや、図星でしたか。   大丈夫ですよ。   樋口さんは御存知無いかもしれませんが、性器挿入だけがセックスではありません。   男性を射精に導くプロセスは色々あります。   そのあたりは実習を通じて少しずつマスターしていきましょう。   他のボランティアにはない素晴らしい体験ができると保証します。   ご安心を。   落胆の色が浮かんでいたのだろうか。   胸のあたりがじんわり熱くなる。   いつの間に自分はこんなスケベになっちゃったのかな・・・。   とりあえず口頭で簡単に在籍する少女メンバーを紹介しておきます。   暇凛さんはお友達ですね?   ガールズ・セラピーでは年2回、4月と8月に応募制の採用選考が開かれていますが、   暇さんは昨年の8月選考で採用されました。   彼女はたいへんな努力家ですよ。   特に最近は急速に実力がついてきたようで、利用者から好評を得ています。   凛ちゃんはロングツインテールの毛先を指でくねくねしていた。   なるほど、照れているのか。   分かりやすいなあ。   感情が行動や表情に出てしまうところは、自分とよく似ている。   このたびの4月選考では、もう一人、新しく加わることになりました。   最年少の小学4年生、宮内晶子(みやうちあきこ)さんです。   小柄でとても可愛い女の子ですよ。   私としては、新人同士、是非とも仲良くなって欲しいところですね。   大人しい性格なので、樋口さんの方から声をかけてあげて下さい。   小学6年生は瀬名翠(せなみどり)さんと白鷺澤音(しらさぎさわね)さんの二人です。   瀬名さんは暇さんと同期採用です。   凄く優しい女の子ですよ。   あなた達の技術的精神的サポートは我々大人メンバーの役目ですが、   大人の男だと気負ってしまう部分があるかと思います。   悩み事があったら彼女に相談するといいかもしれません。   白鷺さんは唯一スカウトで採用された、ウチのエースです。   その実力は相当なもので、他の組織からも一目置かれ、一部では神格化されています。   彼女は自分にも他人にも厳しい真面目な子ですね。   それゆえに、やや近寄りがたく感じるかもしれません。   あと、中学生が二人います。   1年生の橿麗真李華(こうりまりか)さんは溌剌とした女の子です。   あの白鷺さんと仲良くなれるほどですから、たぶん同性にもてるタイプですね。   縁の下の力持ち、と言えば分かりやすいでしょうか。   気配りのできる子なので、ウチでは調整役に回ることが多いです。   2年生の蘭瞳佳美(らんどうよしみ)さんは最長キャリアの持ち主です。   よほどこのボランティアが気に入ったのでしょうね。   過半数が小学校卒業と同時に辞めていきますが、彼女は可能な限り続けたいと言ってくれています。   ・・・まあ、そのうち本人達と顔を合わすことになるでしょうから、このくらいで。   流れるような語り口で、メンバー紹介は終了した。   かなり個性的な人達が集まっているようだ。   こういうボランティアに参加しているくらいだから、当然と言えば当然か。   早く会ってみたいな。   仲良くなりたいな。   それで、どうしてガールズ・セラピーを始めることにしたのか、こっそり教えてもらおう。   タブーって言われると、なおのこと知りたくてなって、ウズウズする。   人間なんだから、仕方無いよね?   Bさんの話はさらに続いた。   隣に立っている男はCと言います。   ガールズ・セラピーには、私達を含め5人の大人メンバーが控えています。   大人メンバーは少女のマネージャー兼ボディガードのようなものです。   樋口さんはC君が担当します。   Cさんが深々と御辞儀した。   慌てて私も真似をする。   因みに私の担当はBさんね。   凛ちゃんが口を挟む。   Bさんはにこやかに頷いた。   我々は、あなた達の活動をサポートするために存在しています。   頼みごとや不満点があれば、なんなりと申し付けて下さい。   私が参加していたボランティアは、大勢の大人の中に、子供は数人混じっているだけだった。   でもガールズ・セラピーは違う。   ここでは私のような女子が主役になる。   勝手も違ってくるだろう。   ボランティアの経験が生かせないかもしれない。   いや、ボランティアの経験があるからこそ、戸惑うことがあるかもしれない。   そう思っているのに、私はちっとも不安にならなかった。   先のことが楽しみで楽しみで、落ち着かない。   我ながら不思議だ。   中途半端なセラピーでは、逆にストレスを与えかねませんから、   一定の水準に到達しないと、現場に出ることはできません。   樋口さんには研修を受けていただきます。   ガールズ・セラピー成功のポイントは2つあります。   ひとつは性的テクニックの獲得、もうひとつはコミュニケーション能力の向上です。   セックスによって癒し効果を得るには、相手の心を読み取ることが前提となります。   技巧に走った独りよがりのセックスでは逆効果です。   ボランティア歴の長い樋口さんなら、コミュニケーションは大丈夫でしょう。   樋口さんが学ぶべきは性的テクニックです。   では早速・・・。   Bさんがちらりと視線を送ると、凛ちゃんは高々と親指を突き立てた。   Bさんは、先ほどまでと変わらぬ口調で、事も無げに言ってのけた。   暇さん、私を射精させて下さい。   先生、お元気ですか。   韋駄天です。   突然の手紙に驚かれていると思います。   私は先生と面識があります。   かつては別の名前で呼ばれていました。   わけあって正体を明かすことができません。   許して下さい。   単刀直入に申し上げます。   近い将来、先生や先生の周りにいる人間に危害が及ぶと思われます。   具体的なことはまだ分かりません。   しかし、良くない何かが起こることは間違いありません。   あの事件以来、行方を眩ませていたあの男が、生きていると分かったのです。   あの男は、私が嗅ぎ回っていることに気付いているはずです。   それなのに、なぜか私は生かされています。   私をゲームの駒に見立てて、遊んでいるのかもしれません。   あの男の考えは読めません。   私が先生に連絡を取ることも、あの男の想定の範囲内かもしれません。   ただ、このままだと、惨劇が繰り返されることは明白です。   それだけは何としても阻止したい。   私はあの男の近辺を探ります。   何か分かったら、逐一、先生に報告します。   先生のお力をお貸し下さい。   またもや先生を巻き込んでしまい、本当に申し訳ありません。   先生がガールズ・セラピーによって救われることを願っています。   では、また。